第28回 グラフィックアート『ひとつぼ展』審査会レポート
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第28回グラフィックアート『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
時代をつかんだ発想、
その“可能性”が満票でグランプリ獲得
■日時 2007年4月25日(水)18:00〜20:30
■会場 リクルートGINZA7ビル セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2007年4月9日(月)〜4月27日(金)
●最後は個展を見ておもしろいかどうか
緊張の空気に包まれたガーディアン・ガーデンの展示会場。自分の作品の前で待つ出品者10人。出品者と言葉を交わしながら作品を見て回る審査員。その後、会場を移し、公開二次審査会がはじまった。オリジナルのイラストレーションで人形を作ってきた人、用意してきたメモをチェックする人と、それぞれの作品に対する思いを2分間のプレゼンテーションに託す。出品者のプレゼンテーションの概略は以下の通り。
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齋藤
身近なところで拾った虫の死骸を集め、腐食銅板で描いた。これは、個の命を超えて、生−死−再生を繰り返す自然の運行の象徴。死んでいくものに囲まれて生きる不思議さと、そこから逃れられない不条理さが制作のテーマ。個展は、小さな死骸の背景に広大な世界を垣間見られる展示にしたい。
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榮
「身の回りの物をちょっとした発想の転換で楽しいものに」というコンセプトで作品を作っている。今回は、色と人間の関係に注目し、絵の具のチューブに人のシルエットを描き、色に人格をつけてみた。個展は、他の色や別の物に人格を描いたり、様々な可能性をさぐりながら、より発展的な展示にしたい。
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北村
タイトルを『日々のこと』とし、自分自身の日常的な事柄を木炭で描いた。個展は、会場を白と黒の作品で埋め尽くしたい。そして、見る人それぞれが、絵と自分の日常をリンクさせることで、モノクロの絵が色鮮やかな世界へと展開するような展示にしたいと思っている。
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トヨクラ
なぜ絵を描いているのか。それは、社会の中で感じた疑問やおかしいと思うことを、絵という媒体を使い、社会とコミュニケーションをとるため。ただし、風刺や批判が強いものではなく、ユーモアを含めて描くことで、たくさんの人に見てもらって、社会がよりよい方向に進んだらと思っている。
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mayu
自分だけの文字『mayu語』を用いた作品。ここには、読んだ本から受けた影響や日々のことが日記のように綴られている。見る人に楽しい気持ちになってもらうこと、自分が楽しく作ることを大切にしている。個展は、『mayu語』の森に迷いこんだような楽しい空間にしたい。た。そこで、カメラのピントを雪にあわせて撮ってみようと思った。
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服部
キャンバスをペインティングする以前の素材として扱ったアートワーク。個展は、素材を見つめ直すことからはじまり、ペインティングに戻るというプロセスをたどりたい。そして、流行りすたりのサイクルを抜け出すような、素材本来の姿を提示できる展示にしたい。
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きたざわ
犬の思うままに引っ張られ、散歩をしている途中でたどりついた広場。顔を上げると、そこには不釣合いとも思える災害用の備蓄コンテナがあった。その思いもよらない光景に、いろいろと想像も膨らみ、その光景を鮮やかな色とその瞬間の空気の心地よさで描いた。
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増子
盆栽をモチーフに、抑圧された中で必死に生きる世界を表現。鉢という制限の中で生きる方向を模索している姿を、社会という枠の中で人生を選択していく人間に重ねた。人間が小さく小さくしていった世界を拡大し、大きなキャンバスという枠に描くことでおもしろさを出したいと考えている。
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ナガバ
ソファーの中綿を押さえるボタンが規則正しく並ぶ姿など、似たようなリズムを持つ形や空間、装飾。そのリズムを壁に置いてみることが出発点。物を見て何かしくみを発見する、それを追う、再現するなど、体感の中で理解していくことは鮮やかな覚醒であり、制作の理由。
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山城
コラージュするように好きなアイテムを画面に配置し、思い描く物語を紡ぎだす。見る人が、その世界で自由に想像を膨らませてくれるとうれしい。個展では、観客を物語の世界に迷いこんだような感覚にさせたい。
プレゼンテーションが終わり、司会の大迫さんが、審査員に感想を尋ねる。『ひとつぼ展』OBで、今回初めて審査をする佐野さんは「ポートフォリオと展示で作品の印象が違う人もいたり、プレゼンテーションを聞いても印象が変わりますね」と、まだ絞りきれていない様子。「バラエティーに富んでいておもしろかった。ポートフォリオと展示のギャップでいい方向に転んだ人もいるし、残念な人もいた」と言うのは唯一の女性審査員、上田さん。審査回数も豊富な浅葉さんは「最後は個展としておもしろいかどうか。その辺で勝敗が分かれる気がしますね」。こちらも『ひとつぼ展』OBである小阪さんは「一次審査とだいぶ評価が変わった。やはり言葉が大事。言葉の上手い下手ではなく、その人がどういう意志をもって作品に向っているか。あとは、一年後の個展で何を見せてくれるか、ワクワクさせてくれるところがあるかですね」。最後に大迫さんが「ポートフォリオに比べると展示の方が弱かったのが残念。プレゼンテーションは、上手い下手いろいろだった」と、全体の印象を語る。
●破壊しようとトライしているところがいい
続いて出品者一人一人について意見交換をしながらグランプリを絞りこんでいく。
まずは齋藤さんの作品について。
「右側の作品、モチーフを淡々と並べた絵が好きですね。みなさんはどうですか」と小阪さんが投げかければ、「右側の方が、事実がストレートに伝わる」と上田さん。「ネタはちょっと古いが、力量がすごい。この大きさはインパクトがあった」と大迫さん。佐野さんも「この大きさで見ると強いですね」と続ける。最後に「最近忘れている世界」と浅葉さん。
次に榮さんの作品について。
「今回、色を1色に絞ったコンポジションは割り切りがよくていい。個展がどうなるか楽しみ」と佐野さん。「作品のコンセプトに物足りなさを感じる」と小阪さんが言えば、「ビジュアルとしてのエンターテイメントを大切にしている作品。この展示自体はかなり完成度が高い」と大迫さんは反対の意見。作品に書かれた細かい文字に気づいた上田さんは「よく考えられていておもしろい」と言う。浅葉さんは「思いきりが良すぎたかな。6色くらい見たかった」と、評価が分かれる。
続いて北村さんの作品について。
浅葉さんは「完成された作品」と評価。「同じサイズの作品が並んだ時に、単調になる気がする」と上田さん。「点線がすごく気になる。物と記号の間という感じで、すごく新鮮。そこに惹かれた」と小阪さん。佐野さんは「個展では、ライブで見る迫力を感じたい。今のサイズで並んでいるだけだとフラットでワクワクしない」と言い、大迫さんは「大きな画面に描くと、もう少しエネルギーが出るのでは」とアドバイスをする。
そして、オリジナルのイラストレーションで作った人形を使いながらプレゼンテーションをしたトヨクラさんの作品について。
「プレゼンテーションはすごくおもしろかった」と大迫さん。上田さんは「ポートフォリオで見ると絵本のようで楽しいけど、壁に飾った時にどうなるか」と疑問符。小阪さんは「プレゼンテーションを聞いて評価が変わった。子供をモチーフにした理由があいまいな気がした」と残念そうに言う。「プレゼンテーションで言っていたような怒りは感じない」と浅葉さんが言えば、「ポップなものとして受け取った。細かいところを見ると楽しい」と佐野さんが評価する。
『mayu語』は自分だけの秘密の文字であるとプレゼンテーションしたmayuさんの作品について。
「言葉を扱う以上、自分にしか読めなくていいのか疑問。閉じた感じがする」と佐野さんが言えば、「形のおもしろさとボリューム感で、作品としては成立しているが、やはり意味性は欲しい」と大迫さん。浅葉さんが「この文字を漢字と同じぐらい長く伝わるように考えてみると、やはり意味が分かるものがいい」とアドバイスすれば、「それには読めないと」と上田さんが続ける。最後に小阪さんが「誰も追いつけない世界まで発展できればいいが、まだそこまでのポテンシャルを感じられない」と注文も。
服部さんの作品について。
「立体と平面を両方使った表現がどうなるのか、興味がある」と浅葉さんは評価。小阪さんは「キャンバスのサイズをストライプで表現した作品については、抽象絵画としてどの程度の強度を持っているか疑問。でもポートフォリオを見るとおもしろいし、すごく惹かれるものがある」。「作品の考え方がおもしろい」と大迫さん。上田さんは「ポートフォリオの過去の作品を見ると、彼が変化したい人だというのが伝わる」。佐野さんは「彼のいいところは、謎にして妙に期待させるところ。普通にグラフィックデザインをやるのではなく、破壊しようとトライしているところがいい。」と、作品の考え方に評価が集まる。
きたざわさんの作品について。
「世界が完成されている。街や夜のネオンを描いたらどうなるかを見てみたい」と上田さん。「このままだとフラットで、ドキドキするところが少ない」と佐野さんが言い、「えんぴつやホワイトで修正しているところが生っぽくておもしろかった。そこを伸ばすと、わざわざ原画を見に行く価値が生まれるかもしれない」と小阪さんがアドバイス。大迫さんは「センスがある。ただ、展示作品のサイズについてはどうかと思う」と言う。「もっと思いもよらない場所を発見して欲しい」と浅葉さん。
増子さんの作品について。
上田さんは「描くことを楽しんでいるのが伝わる。作品の迫力勝ち」と誉める。大迫さんは「近寄った時に上品なところが魅力。ただ、もっと大きい物を想像していたので、展示を見た時に少しがっかりした」。「あえてここまで緻密に描いているのが興味深い」と佐野さん。小阪さんは「僕的には言うことなし。もっと見たい」と絶賛。浅葉さんも「もうこれしかない。やるしかないね。やってください」と、評価を集めた。
ナガバさんの作品について。
佐野さんが「この作品が並んでいる個展会場は、少し病的なものがあって、見てみたい。偶然から生まれたものではなく、モチーフがちゃんとあるので説得力がある」と言えば、上田さんが「すごくきれい。見ていて気持ちがいい。ただ、ひとつひとつが小さい。大きい作品にしたらもっと迫力が出ると思う」と続ける。一方、小阪さんは「展示を見て評価がよくなった作品。すごく惹かれる。神経を直接触られるみたいな感じ」と絶賛する。「これを大きい作品で再構築して欲しい」と大迫さんが言えば、「この紙のペラペラ感と、ちょこっと描いた感がいいと思う」と小阪さんは反対の意見。浅葉さんは「すごくユニークだから、拡大したほうがいいよね」と、意見は対極に分かれる。
最後にポートフォリオと違う、新しい色の展開で展示をした山城さんの作品について。
佐野さんが「ポートフォリオは、黒いモチーフがポイントになっていて、それが妖しくもあり、魅力的だった。今回の展示はガーリーな絵で終わっているところが退屈」と言えば、上田さんも「展示作品も悪くはないけれど、甘くなりすぎてしまった」と言及。「彼女の絵が一次審査で評価されていた部分と違う方向にいっているという印象」と大迫さん。小阪さんは「黒と赤とパステルカラーのコントラストが山城さんの作品の魅力だった。新しいことにチャレンジするなら、さらに際立つ魅力が欲しかった」。「惜しい。黒で全体の印象をしめて欲しかった」と浅葉さんも残念そう。
●久しぶりの満票でグランプリ決定
出品者全員に対する意見交換が終わり、各審査員にグランプリ候補3人を投票してもらった。
結果は以下の通り。
浅葉/齋藤 服部 増子 (ナガバ 山城)
上田/齋藤 服部 増子 (トヨクラ きたざわ)
小阪/服部 増子 ナガバ (齋藤 山城)
佐野/榮 服部 増子 (トヨクラ mayu )
大迫/齋藤 榮 服部 (mayu 増子) ( )内は次点
これを集計すると、
服部/5票 増子/4票 齋藤/3票 榮/2票 ナガバ/1票
服部さんが満票を獲得。「満票がでるのはめずらしい。このまま服部さんに決めますか? それとも3票入れていただいた中で、順位をつけて検討してもいいですね」との大迫さんの提案に、小阪さんは「服部さんの評価はポートフォリオ。個展開催となると、その辺のギャップをどう埋められるか。純粋に作品として一番よかったのは増子さん」。佐野さんは「一番は服部さん。かなり気になる。増子さんに比べると完成していない感じが魅力的。どうなるのか分からないものが見たいという気持ち」。「増子さんの大きい作品を見てみたいけど、どんなものになるか予想がつく。服部さんは何かわからないけど、素敵なものになりそうだし、悩みます」と決めきれない様子の上田さん。浅葉さんは「服部さんは時代を上手くつかんでいる。立体と平面を両方やってしまうという人はあまりいなかった。それを見たい」。大迫さんは「完成度の齋藤さんと可能性の服部さんというと、私が見たいのは服部さん」。意見が服部さんに傾いたところで、小阪さんが「本人が個展についてどう思っているのかを聞いてみませんか」と提案。マイクを渡された服部さんは「個展はぜひやりたい。審査の経過を聞いて勉強になった。ストライプの表現は不評だったので、一年後は違うモチーフを探します」と言い、会場を笑いで包む。司会の大迫さんが「彼の場合は未知数。過去の作品を見ても、ビジュアル的にエンターテイメントでおもしろいと思います。以上の話をまとめて、第28回グラフィックアート『ひとつぼ展』グランプリは、満票を獲得した服部公太郎さんに決定します」と高らかに宣言。会場からは大きな拍手が送られた。グランプリに輝いた服部さんが「しっかりやる自信はある。票をいただいたプレッシャーもある。一年間考えて恥じないものを作りたいと思います」と挨拶し、公開二次審査会は終了した。
●「楽しかった」「いい勉強になった」
「意外とすんなり決まりましたね」と佐野さんが言うように、意見が割れることもなく、全員一致でグランプリが決定した。審査会直後、満票を獲得した服部さんに感想を尋ねると、「可能性にかけてくれたことが、ありがたかった。他の参加者、審査してくれた方をがっかりさせないように、がんばりたい。個展では、頭の中にあることを、きちんと完成させたい」と気合が入る。そして、緊張もほぐれた出品者たちに感想を聞いてみた。仙台から参加、惜しくもグランプリを逃した増子さんは「10人のうちの1人に選んでいただいてよかった。東京のコンペは初めてだったのでよい経験になりました。ぜひ、東京で個展をやってみたいです」と今後の目標を語ってくれた。齋藤さんは「票を入れていただいてうれしい。作品が難産だったので、評価されてよかった」。榮さんは「楽しかった。あこがれの浅葉さんに作品を見てもらえたのがうれしかった」と明るく答えてくれた。ナガバさんは「入賞できただけでびっくりした。きれい、気持ちいいと言ってもらえたことがうれしかったです」と目を輝かせて語る。きたざわさんは「整理しすぎて作品にパワーが足りなかった。アドバイスを生かして、また次回チャレンジしたい」。トヨクラさんは「満足しているけど、本音は悔しい。グランプリしかみていなかったので……」。北村さんは「楽しかったが、個人的には厳しい感じ。これから勉強していくきっかけになりました」。mayuさんは「自分ではあまり大事だと思わなかったことをつっこまれ、とまどいました。いい勉強になりました」と残念そうに言う。山城さんは「今まで観客として見ていた『ひとつぼ展』を経験できてよかった。作品は自分でも納得していなかったので、予想通りの結果でした」と、出品者全員がみんな前を向いて語ってくれた。さて、審査員全員に期待をいだかせる服部さんの“可能性”。彼の頭の中にあることがどのような形で完成するのか。一年後まで、楽しみにして待っていたい。
<文中一部敬称略 取材・文/山本絵里子>